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誰かに強制されたわけではない。
この村に留まらければならない理由があるわけでもない。
大木の世話をする義務などない。
ただここは男の故郷で、大木は村の象徴だった。だから彼は自ら望んで村に住んだ。
やがて何年かして噂が広まった。
―――廃虚となった村でただ一人、大木に残った小さな枝の世話をしながら暮らす男がいるらしい。―――
ある者は男はバカだと嘲った。またある者は噂などデタラメだと信じなかった。
だか一握りの――昔、あの村で暮らしていた人間たちだけは噂を確かめに、自分の故郷へと向かっていった。
そして、彼らはみた。
以前の大木に劣るがもう強風にも折れぬほどの立派な枝振りをみせる若木と、その世話をする一人の青年の姿を。
青年は嬉しそうに微笑みながら『お帰り』と告げて、昔の住人たちを出迎えた。
村を捨てた人間たちの罪悪感も吹き飛ばすような、誇らしげな笑顔だった。
ある住人はそのまま青年と一緒に村に再び暮らし始めた。またある者さ惜しみながらも村を去った。ただ再び自分はここを訪れるだろうと確信しながら。
噂はまた広まった。
――廃虚となったくちはてた村が、たった一人の男によって蘇った。――
もう男を笑う者はいない。
もう噂を信じない者もいない。
ただ噂を新たに聞いた村の住人たちが故郷を訪れるようになり、好奇心からまったく無関係の人間もやってきた。
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