家鳴り

9/17
前へ
/428ページ
次へ
「この時間が、好きなんだ」 視線の先には、大きな柱時計が暗い影を落としていた。 ランプの淡い光に浮かび上がるように、文字盤がかろうじて読める。 長針は2時半のあたりをさしていた。 ガラス張りになっている下半分に、振り子が見える。 しかしそれは動いておらず、この時計がもはや機能していないことを示していた。 腕時計を確認するが、ちょうどそのくらいの時間だ。振り子が止まっているだけで、もしかして時計自体は壊れていはいないのだろうか、と思っていると師匠が言葉を継いだ。 「その腕時計は進んでるか? 遅れているか?」 振られて、また自分の腕時計に目を落とすが、はたしてどうだっただろう。 たしか1、2分進んでた気がするが。 「どんな精密な時計でも、完璧に正確な時間をさしつづけることはできない。 100億分の1秒なんていう単位ではまるで誤差がないように見えたとしても、その100億分の1では?さらにその100億分の1では?さらにその100億の100億乗分の1では?」 ランプの明かりがかすかな気流に揺れているような錯覚に、俺は師匠の顔を見ながら目を擦る。
/428ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3138人が本棚に入れています
本棚に追加