家鳴り

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「時計は、作られた瞬間から、正確な時間というたった一つの特異点から遠ざかって行くんだ。それは無粋な電波時計のように外部からの修正装置でも存在しない限り、どんな時計にも等しく与えられた運命といえる」 ところが、と師匠はわずかに身を起こした。 「この壊れた柱時計は、壊れているというまさにそのことのために、普通の時計にはたどり着けない真実の瞬間に手が届くんだ」 俺は思わず、時計の文字盤を見上げた。 長針と短針が、90度よりわずかに広い角度で凍りついたまま動かない。 「一日のうち、たった一度、完璧に正しい時間をさす。その瞬間は形而上学的な刹那の間だとしても、たった一度、必ずさすんだ」 陶然とした表情で、師匠は時計を見ている。それが夜まで待ってこの時間にわざわざ来た理由か。
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