本土防空戦

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1998年 3月24日 ルール工業地帯 第二次世界大戦の終結より53年もの月日が流れた。 戦時中ルール地方は幾多の犠牲にも関わらず、連合軍によって制圧されてしまった。 そして終戦と同時にドイツ領内に点在する他の街同様に、この街でも連合軍による進駐が開始された。 それから数十年…… ルール地方を含めた全てのドイツ領内は、東西冷戦時の紆余曲折を経て再び一つの国家として統一され、今のドイツ連邦を再構成するに至った。 そして今……… 一人の年老いた女性に寄り添う様に、数人の若者達が歩いて居た 「おばあちゃん。 此処だよ」 一人の少年が、一本の老木に駆け寄る。 彼は老木を見上げながら、静かに老木の幹を撫で始めた 「立派な樫の木になったのねぇ… 何十年振りかしら… ねぇ…貴方」 年老いた女性は樫の老木の前で座り込み、慈しむような眼差しで樫の老木を見上げた 「何十振り… 本当に……」 瞳に涙を貯めながら、老女は樫の老木を見上げ続けている 「アメリア叔母さん… 此処が叔父さんの戦死した場所なの…?」 四十半ば過ぎとおもしき壮年の男が、涙を流しながら老木を見上げる老女に声をかけた。 老女は涙を拭うと、静かに頷きながら口を開いた 「あの人は… 53年前の今日… この樫のたもとに墜落して死んだのよ… でもね…? あの人は生きてる… この樫になって、貴方達を見つめているのよ……」 数人の若者達は、壮年の夫婦にならって樫の老木を見上げた。 少年も樫の老木を見上げ、老女もまた老木を見上げ 「今日は貴方の孫達も一緒よ…? 喜んでくれましたか?」 樫の老木は静かに葉を揺らし、老女とその家族一行に癒やしと安らぎを与えている。 生前の彼が伝えられなかったであろう喜びの感情を、聳え立つ樫の老木は時代と時を超えて、癒やしと安らぎを添えて伝えていたのだ…。 自分の分も生きてくれてありがとう。 樫の老木は、彼女達にそう言っているのかもしれない…………。 ~本土防空戦~ 完
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