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ポスターマン
バイト先の店長が、そのポスターの事を教えてくれた。
「これ、田川君だよね」
それは夏の甲子園のポスターだった。
バットを振るバッターの後ろ。フェンスの向こうに僕の姿があった。
「あ、はい。多分これ僕ですね」
ポスターに写り込んだ僕は、妙に引きつった笑みを浮かべていた。
それが気持ち悪くて、恥ずかしくて、直視する事ができない。
「あはは、やっぱり田川君か」
「よく見つけましたね。こんな隅っこに写り込んだ僕を」
すると店長はクスクスと嘲笑しだした。間違いなく僕の嫌いなパターンだ。
「だって君、特徴的な顔をしているからさ」
コンプレックスを指摘される事が何より僕のプライドを傷付ける。
「あは、やっぱりですか」
そしてそれを笑い話にする自分にも甚だ腹がたつ。
帰宅して洗面台の前に立つ。鏡を見つめて呟くのだ。
「ああ、僕も誰かに……ちやほやされる容姿に生まれたかったさ。望んでこんな顔になった訳じゃないんだ」
童話みたいに鏡は答えてくれないし、哀れんでもくれない。
この容姿のせいで、僕の世界は狭い。この容姿のせいで……。
朝、目覚めると超がつく程の美男子になっていた。
という夢のような話は実現しない。
また今日も人の目を気にする1日が始まったのだ。
大学へ向かう電車の中。ふと見上げると中吊り広告に見覚えのある後ろ姿があった。
「あれ、あなたじゃないですか?」
突然隣りのサラリーマンが話しかけてきた。揺れる電車の中で他人に声をかけられるのは初めてだった。
「え、あ……はい。多分」
いかにも手入れしていなさそうな縮れた長髪。なんともひ弱そうな八の字撫で肩。
あからさまにあれは僕だ。顔以外でも僕だと認識できるのだ。正にコンプレックスの塊だ。
「多分って何だい。ああ言うのって、どこか大きなスタジオで撮るような写真じゃないのかい?」
その広告は男性用の香水を宣伝するものだった。白い背景の真ん中に背を向けて立つ男が一人。それがどうやら僕らしい。
「いや……。こんな広告に協力した覚えはないんですが」
「へえ、じゃあ君にそっくりなモデルさんでもいるのかな」
僕にそっくりな男がモデルになんてなれる訳がない。
そう思っても口には出さなかった。
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