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ライン引きが通る
街路に一本の列が出来上がっていました。長い長いその中に、私もいました。
信号機は青なのに、平然として誰一人動きません。
だって、みんなは『あの人』を待っているのだから。
紅葉も過ぎ、木々の枝は冬に備える。
枯れ葉も踏まれるうちに、形を失っていきました。
いつしか街路は、味気ないコンクリートが広がるだけの道になっていました。
右頬に感じた冷たい風。振り向いてみると、風が通ってきた道の上に、あの人の姿を見つけました。
列がざわつきます。
錆びた車輪の悲鳴と共に、ゆっくりと『あの人』――お爺さんは近付いてきます。
ブリキ製のライン引きが、白い粉を適量に落として、白線を描いていく。
それを押すお爺さんの後ろには……
いや、正しく言えば白線の上には沢山の人々が続いて歩いていました。
その光景は、お爺さんを先頭に歩く、パレードの行列のようなものに見えました。
私の並ぶ列の先頭前を、お爺さんが横切ります。
すると、私達の列は「この時を待っていました」という勢いで、お爺さんの引く白線の上に飛び乗るのです。
そして、私達もお爺さんの後ろを、ゆっくりと歩いていきました……。
彼らが現れたのはいつの時代のことでしょう。
戦後、戦前……。
いや、もっと前、古代にさかのぼるのかもしれません。
気が付けば彼らのような、ライン引きは存在していて
常に人の歩ける道に白線を引いていました。
私は……、私達は
彼らの引くラインの上を「道」と名付けていました。
白線の上は不思議な程に、落ち着く場所なのです。
逆に言えば、ラインの引かれていない道は、不安で歩けないのです。
だから私は……私達は
ライン引きが通るのを待つのです。
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