ライン引きが通る 

5/5
前へ
/255ページ
次へ
 白い雪の積もる傾斜。その上にライン引きと、私はいました。 ゆっくりと、滑らないように傾斜を下ります。  お爺さんの引いてきた白線は、雪に消されていました。  今頃、街の人々は「道がなくなる」と騒いでいるに違いありません。 あの警察官はてんやわんやする市民に「私のラインに続け」と、指示しているかもしれません。  大きな杉の前まで来ました。 坂の上には、葉の形をした枯れ葉が敷かれていました。 コンクリートの味気ない姿も、見当たりません。 私にとって、それは、人が通っていない証でした。  恐怖の向こうに…… 坂の向こうに何があるのでしょうか。  坂の上をライン引きが行きます。 ライン引きが私を引くのか、私がライン引きを押すのか。  どちらにせよ、私は坂を登って行きます。  坂は予想以上に険しい道でした。 角度のある道では、ライン引きがとても重く感じるのです。  重さに耐えかねた私は、押すのを止め、ライン引きを引っ張って歩き出しました。 いつしかライン引きの前を、私が歩いていました。  何分、いや、何時間歩いたでしょう。  へとへとになった私。悲鳴を上げなくなった車輪。 私とライン引きは立ち止まったのです。  この下はあっても、この上はない。私は山の頂に、やってきたようです。  頂には木が一本。大きな大きな木が一本そびえ立っていました。 その木は、街を見下ろしていました。  頂から見る街。遠近法のせいか、とても小さく見えます。 その街の姿が私を驚かせました。 「真っ白……」  雪の積もる街路。それは網のように張り巡らされていて……。 そのどれもが白線の引かれた「道」に見えるのです。 目前に広がる白い世界。あの白い空の向こうにも、きっと道が続いている……。 「本当は道だらけなんだ……」  再び私を驚かせたのは、今まで引いてきたライン引きでした。 ライン引きのフタを開けてみると、なんと粉が入っていないのです。 「お爺さん、足し忘れるなんて……酷いなあ」 酷いと言いながら、私は微笑んでいました。 ブリキ製のライン引き。再び車輪が悲鳴を上げて…… 線を引かないライン引きが通る。 それでも私は、歩いて帰れる。    
/255ページ

最初のコメントを投稿しよう!

186721人が本棚に入れています
本棚に追加