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白い雪の積もる傾斜。その上にライン引きと、私はいました。
ゆっくりと、滑らないように傾斜を下ります。
お爺さんの引いてきた白線は、雪に消されていました。
今頃、街の人々は「道がなくなる」と騒いでいるに違いありません。
あの警察官はてんやわんやする市民に「私のラインに続け」と、指示しているかもしれません。
大きな杉の前まで来ました。
坂の上には、葉の形をした枯れ葉が敷かれていました。
コンクリートの味気ない姿も、見当たりません。
私にとって、それは、人が通っていない証でした。
恐怖の向こうに……
坂の向こうに何があるのでしょうか。
坂の上をライン引きが行きます。
ライン引きが私を引くのか、私がライン引きを押すのか。
どちらにせよ、私は坂を登って行きます。
坂は予想以上に険しい道でした。
角度のある道では、ライン引きがとても重く感じるのです。
重さに耐えかねた私は、押すのを止め、ライン引きを引っ張って歩き出しました。
いつしかライン引きの前を、私が歩いていました。
何分、いや、何時間歩いたでしょう。
へとへとになった私。悲鳴を上げなくなった車輪。
私とライン引きは立ち止まったのです。
この下はあっても、この上はない。私は山の頂に、やってきたようです。
頂には木が一本。大きな大きな木が一本そびえ立っていました。
その木は、街を見下ろしていました。
頂から見る街。遠近法のせいか、とても小さく見えます。
その街の姿が私を驚かせました。
「真っ白……」
雪の積もる街路。それは網のように張り巡らされていて……。
そのどれもが白線の引かれた「道」に見えるのです。
目前に広がる白い世界。あの白い空の向こうにも、きっと道が続いている……。
「本当は道だらけなんだ……」
再び私を驚かせたのは、今まで引いてきたライン引きでした。
ライン引きのフタを開けてみると、なんと粉が入っていないのです。
「お爺さん、足し忘れるなんて……酷いなあ」
酷いと言いながら、私は微笑んでいました。
ブリキ製のライン引き。再び車輪が悲鳴を上げて……
線を引かないライン引きが通る。
それでも私は、歩いて帰れる。
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