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「この子どこから入ってきたんだろ」
「幸恵が中に入れたんじゃないのかい??」
幸恵は首を横に振った後に「もとからここに居たわ」と答えた。
やけに人慣れした猫だ。
私が抱き上げようとしても何一つ拒否する仕草を見せなかった。
「あら、甘えん坊さんね」
私の胸の中が心地よいのだろうか。ブチ猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
この毛並み、重さ……全てが懐かしい気がする。
「やはり、ブッチに瓜二つだよ」
ブチ猫の首もとを優しく撫でてやると、突然猫の瞳が発光した。
「ねえ、お祖父ちゃん。この子の目、何だか変よ」
チカチカと点滅しつつ光を放出するその瞳は、まるで映写機のようだった。
電気を消した寝室へ猫を連れて行くと、その瞳の光の正体が明らかとなった。
壁が照らされ、映像が映し出されたのだ。
これには私も驚かされた。
「凄い。まるで映画みたいね」
幸恵は奇妙な猫に興味津々だった。
私は、映写される映像に興味があった。
壁に映し出された映像には六十代後半の男性が映っていた。
多くの若者に囲まれ、明るく笑い、酒を酌み交わしている。
――私の父だ。
猫から音声は発せられないようだが、その映像からは笑い声が聞こえてきそうだった。
「この人お祖父ちゃんに似てるね」
「ああ、私の父だからね」
幸恵は一度驚いた顔を見せ「なるほど」と頷く。
「凄く楽しそうだね」
「この日は父の教え子が遊びにきてたんだ。父は高校の教師でね、そりゃもう人気者だったさ」
「そうなんだあ。よく覚えてるね」
「この日のことはよく覚えてるさ。めったに酔わない父が泥酔しちゃってね。千鳥足でトイレに向かって、階段から落ちて病院送りさ」
あの日の父のはしゃぎようを思い出すと笑いが込み上げてくる。
「お祖父ちゃんなんかニヤニヤしてるけど、笑い話じゃないからねそれ」
「いいや。父の唯一の笑い話さ」
瞬き一つせず光を放つ猫も、何か楽しげな様子に見えた。
「ブッチ。お前もあの日居なくなったんだよなあ」
首もとを撫ででやると、映像は途絶え、その瞳は発光を終えた。
私に撫でられるのを気持ちよさそうにして、猫は喉を鳴らす。
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