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「ああ、お帰り。早かったね」
「うん。寄り道しないで帰ってきたよ」
猫が幸恵の足元に寄り添う。すっかり仲良しだ。
「あれ!? お祖父ちゃんそれ何??」
幸恵は私の手元を指差した。
「ん?? これかい?」
「うわ。日記帳じゃない。お祖父ちゃん日記帳持ってたんだ!? どうしたのそれ」
ほんの少し埃がかった日記帳。
「これはね。天国から届いた、私宛の誕生日プレゼントさ」
あいつの声が、聞こえた気がした。
「ちょっと電話をかけてこようかのう」
「誰に??」
「親戚に」
幸恵は日が暮れ始めるまで猫とじゃれて遊んでいた。
ところが夜になって、突然幸恵の泣き声が聞こえてきたのだ。
幸恵の泣き声は、私でもうるさいほど大きい。
「どうした幸恵」
音源である幸恵の部屋を開ける。
彼女は暗い部屋で一人、クッションを抱き抱え泣き叫んでいた。
彼女の隣には、目を光らせる猫が一匹。
ブッチだ。
クッションを捨て、彼女は私に抱きつく。
「お祖父ちゃん、お祖父ちゃん……」
普段はめったに泣かない幸恵。
この子を泣かした犯人は、花柄の壁紙に映し出された映像の中にいた。
一室の病室に並ぶ二台のベッド。
その上で横たわっているのは、私の息子と彼の妻だ。
つまり、幸恵の両親である。
彼らは五年前、念願の新婚旅行に旅立った。
私が多忙な彼らを気遣い、休暇をすすめたのが事の発端だった。
幸恵は私が預かり、彼らは二人で海外へ飛んだ。
そこで二人は外国の伝染病に感染する。
二人は向こうで治療を続けたが、渡航後三ヶ月で帰らぬ人となった。
「……神様は不公平だよ。なんでお母さんとお父さんを連れて行っちゃったの?? なんで!!」
幸恵は二人の最期をみとっていない。
私は猫の首もとを撫で、映写を止めてから言った。
「いいかい幸恵?? よくお聞き」
溢れ出る幸恵の涙をせき止めてやれる言葉は思い付かなかった。
それでも、今の内に言っておきたい言葉はあった。
「神様はね。誰一人として、人に明日を約束してくれてはいないんだ。どれだけ良い行いをしても、どれだけ罪を償っても、誰にも約束はしてくれない」
「誰にも??」
「そう。幸恵にも、勿論、私にもね」
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