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「天地さんは何か悩みないの?」
「そうだな。ウチの店に厄介な男が居座っているんだ。どうにかして貰えないだろうか」
「ないならないって言えばいいだろ」
菊は膨れた。
カタカタカタ。人差し指でキーボードが叩かれる。それを後ろで天地が観視していた。
「こんなのはどうだろう」
一文を書き終えた菊が振り返り、文を読み上げた。
「行きつけの喫茶店のマスターが、お気に入りのコーヒーカップを無くして困っています。コーヒーカップの行方を、教えて頂けないでしょうか……ってね」
5日前から、行方知れずになっているコーヒーカップがあった。天地が開店当初から大切にしてきた花柄のコーヒーカップだ。
「お前も良いところがあるじゃないか。少しだが見直したぞ」
天地のまれに見る褒め言葉だった。
「この文には情報が不足し過ぎている。質問主の正体はおろか、喫茶店の店名、コーヒーカップの銘柄まで情報が一切記されていない」
うんうん、と菊が首を縦に振る。
「この情報だけでコーヒーカップの現在位置を言い当ててみろ。それは神以外なし得ない」
その通り、と菊の人差し指が立った。偉ぶる菊を置いて、天地はカウンターに戻った。
「さて、レスが来たら報告を頼むぞ」
それから二人は、助言のレスポンスを待ち続けた。
しかし、日が落ちてもなかなか応答が返ってこなかった。あれから菊はコーヒーを5杯注文している。興味深そうにディスプレイを凝視しては、コーヒーをすすった。
「どうだ、レスはまだか?」
返事が無いことを予知していた天地が、わざとらしく訊ねた。
「白々しいよ」振り返らずとも、天地の嫌みったらしい表情が浮かんだ。
「でも、ここの管理人についてならちょっとわかったかも」
「へえ」天地は力無く答える。
「掲示板を見て。多くは感謝のコメントなんだけど、極まれに中傷の書き込みがあるでしょ」
『管理人は詐欺師だ、根拠もないのに助言などするな』と言った文を例として提示した。
「どうやら管理人は、こういった中傷のコメントに敏感なようでね。中傷する者に対しては、他とは異なったレスを返してるんだ」
「……どんなレスなんだ?」
天地が話に食い付いて見せると、菊は嬉しそうに答えるのだ。
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