植えてみました 

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 植えてみました 

 先日、結婚以前から自分で手入れして来た我が家の庭に、 妻を植えてみました。  私の庭には、立派な柿の木が一本そそり立っております。その木の根元に、屍と化した妻の体を植え込んでみたのです。 地面に160センチメートル程の穴を掘りまして、そこに妻の足先から首元までを埋めました。 体をばらす様な粗雑なまねは一切しておりません。首が土から突き出る様に仕上げました。 これが思いのほか、至難な作業でした。 何しろ埋めた部分は草木でいう根の役割を果たしますので、服を着せておくと養分や水分の吸収が悪くなってしまいます。すると妻は枯れてしまうのです。 ですから、生身の上に土を被せる必要がありました。 なるべく妻の体に傷を付けたくない、その一心で丁寧に作業を行いました。  私は今、寝室のベッドに横たわりながら、手入れの行き届いた自慢の庭を眺めております。この部屋の窓から妻を見ると、丁度目を合わせる事が出来るのです。  肌白いデスマスクが舞妓の様で美しい。先日植えたばかりなので、唇に乗った血も少々黒み掛っている程度。額で分かれる長髪が優しく顔を覆っています。  これから他の植物と一緒に育てて行こうと思っています。趣味の園芸の一環です。  こうして日が暮れるまで庭を眺めていると、玄関から物音が聞こえて来ました。どうやらあの女が帰って来たようです。 私は構えました。  寝室の扉が荒々しく押し開かれた途端、咄嗟に上体を起こしたのは私です。 扉を開いた女は、両手一杯に紙袋をぶら下げていました。また余計な買い物をして来たのでしょう。 「おかえりなさい」ひ弱に私の声。 「……ベッドからおりてよ。私、疲れたから寝たいの」 女は私にそう言い捨てると、ベッドに勢い良く倒れ込んで来ました。私はそれを危機一髪回避する事が出来ました。 「夕飯出来るまで起こさなくていいから」と言いつけた後、女は眠りに就いてしまいました。  妻は、本当に最悪な女だと思います。 庭に植えた妻は、私が空想上で作り上げた幻なのです。現実の私は、妻を殺す勇気のない弱い男なのです。抗弁する勇気すら持っていないのです。  しかし、空想上でなら、憎い妻を殺す事も、植える事も、愛する事も出来るのです。
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