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仕事を終え、家に帰ると電気がついていました。妻が帰っている事を門前で悟りました。
「ただいま」返事がないのはいつもの事。
ダイニングルームのソファで横たわる妻を尻目に懸けつつ、彼女の財布を開いてみました。昨日、万札を三枚も渡しておいたのに、もう財布はもぬけの殻になっていました。
さらに酷いのは、妻の臭いでした。部屋に漂う臭いは、酒の臭いでしょうか。
部屋に空き缶や瓶が見当たらない事から、外で飲んで来た事が推測できました。どうせ夕飯も済ませて来たのでしょう。
買って帰って来たお弁当を、肥料に使う事にしました。あちらの妻ならきっと喜んでくれる筈だ、と考えたのです。
庭の妻は、又も私に変化を見せてくれました。なんと、妻の腰から上が全て地表に出て来ていたのです。驚くべき生育の力です。
「おお、よく育ちましたね」冷たい肌を撫でながら褒めてやりました。百貨店の幕の内弁当を肥料に使ってみました。
「ほおら、とっておきのお水ですよ」お水の替わりに、日本酒を与えてやりました。妻は昔からお酒が大好きなのです。
街の騒音が止み、一瞬辺りが静寂に包まれた時でした。
「あんた、そこで何してるの」と私の背中を声が刺しました。
不意の一声だったので、私は仰天して悲鳴を上げてしまいました。それが妻の声だったので尚更でした。
振り返ると、やはり本物の彼女の姿がありました。
「お、起きてたのか」
壁にもたれ掛かる姿を見るに、まだ酒は抜けていないようでした。
「帰って来たなら、一声かけなさいよ」と千鳥足で間を詰めて来ました。
私は反射的に、植えた方の妻を隠そうとしました。しかし、よくよく考えればこの妻は私以外に見える筈がなかったのです。
妻はその仕草を見落としませんでした。
「ちょっと、今何か隠したでしょ」
「いや、そんなことはないよ」
無駄な抵抗でした。妻は私を跳ね飛ばし、私の背後の 秘密 を暴こうとしました。
しかしそこに、私が本当に隠しておきたい秘密の形はありません。あるのは土上に散らばる弁当と、空になった日本酒だけなのですから。
それでも、妻が機嫌を損ねるのに十分な証拠になりました。
「あんた、何を庭にまいてるのよ」
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