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弁明するしかない。妻の怒りを最小限に留める事が最優先でした。
「その弁当は、どうも賞味期限が切れていたみたいでね。明日、百貨店に文句を言いに行ってやらなきゃ。でも捨てるのもなんだから、……野良猫の餌にしてあげようかと思って」
言い訳という嘘は大抵長い文句になるものです。
加えて、相手の目利きの有無はどうであれ、言い訳で相手の機嫌を取り戻すのは極めて困難です。
妻は弁当箱を拾い上げました。私はしくじった事に気付きました。
「あんた、いつから私に嘘を吐けるようになったのよ」と、賞味期限のシールを剥がし捨てる妻。
言い訳が、墓穴を掘ることもあります。
「ねえ、日本酒は? 私の大切な日本酒をほかした言い訳はないの?」
遂に私は黙ることしか出来なくなりました。妻の怒りを抑制する術はありません。
「そんなに私のことが嫌いなの? 私に文句でもあるの?」
感情に任せ、思い立った言葉で殴りかかってきました。
「最近のあんたは私のことより、園芸のことばっか。妻より葉っぱが大切か」
言葉に続いて肉体的に殴りかかってきました。
頬を打たれて「ごめん」
腹を蹴られて「すいません」
地面に叩き付けられて「許して下さい」
一度怒りに身を任せてしまった妻の暴虐なことといったら、加減のかの字もありません。
彼女の気がおさまるのを、耐えて待つしかないのです。
動かなくなった私を見下して、妻は言いました。
「そもそも、こんな庭があるからあんたはダメなのよ」
「そ、それだけは勘弁してくれ!!」
鎌を手に取った妻にしがみつきました。雑草を刈る為に買った鎌です。
その刃を愛する植物たちに向けないでくれ……。声にならない悲鳴で、彼女に訴え続けました。
気がつけば私は庭の隅で横たわっていました。気を失っていたようです。
鉢を投げつけられた後の記憶がありませんでした。
されども、妻の犯した行為の全容は、眼前に広がる景色から見て取れました。
そこに妻の姿はありませんでした。
疲れ切った私と、根元を残して切り取られた植物、そして土から生えて出た妻だけが庭に佇んでいました。
怨恨が膨張を初め、悲涙が溢れ出たものの、目前の鎌を手に取ることはできませんでした。
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