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「おい!幸輔!」
幸輔と呼ばれた標準的な身長をした少年は、声の主を振り返る。そこには、体育館から入口まで行く間に制服のボタンが三個奪われているのを自慢するような笑みを薄く表情に表した。
「勇次か……なんだよ」
茶髪が残っている勇次は、その髪を軽く上げて
「おいおい!まさか、旅行の事を忘れてないか?」
「……忘れてない」
「嘘でしょ!」
突然の声に、幸輔はびくっ、と体を揺らした。それを知らずか勇次は微笑む。
「涼子いたのか?」
「さっきからいました!」
「小さくて見えなかったよ。ごめん」
驚かされた恨みとでも言わんばかりに、そう言い返す。涼子は標準的な幸輔の身長に対して、胸の位置までしか身長はない。髪は後ろにまとめた髪を一本に束ねている。
「また、そう言う!」
「ごめんって」
まったく、と悪態を小さく吐くと気分を一転させる為に切り出す。
「旅行はどこに行くか決まったの?」
「さあ?勇次と伸也に任せてるから」
勇次に視線が集まる。若干慌てているように視線で二人を交互に預けて
「俺も知らないぜ?場所は決めたけど、地図はあいつが……」
「あいつって僕の事?」
勇次の背後から、そう呟くように囁かれ勇次もびく、と体を一瞬だけ硬直させてしまう。
「ここなんだけど、船でしか行けないんだ。自然が綺麗だから、お薦めってじいちゃんから言われたんだけど」
眼鏡を掛けた伸也は、地面に置いた地図を指刺しながら見せた。未だに心臓がドクドクと鳴っているのか勇次は、地図を見ていない。
「島……か?」
「うん」
「泊まる所はあるの?」
「うん。じいちゃんは民宿に泊まったらしい」
ふ~ん、とまるで品定をするように、地図をマジマジと眺める涼子と幸輔の表情を伺うように、伸也は二人を一瞥する。
「よし、分かった。ここでいいわ!」
「俺もここでいいよ」
安堵の息を一杯にして口から洩らし、伸也の背後で座りこんでいる勇次の視界に伸也は地図を持っていき、
「どう?」
「大丈夫だ」
そう短く言った。
「そうと決まれば、二週間分の用意をして明日、各自学校の校門に集合で良いわね?」
「ああ」「うん」「おう」
「じゃあ、教室に戻るわ!あんた達と違って私は忙しいから」
涼子は、自分の腕時計を気にしながら体育館から離れていく。その時、幸輔の胸にはなんとも言えない不安が去来していた。
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