第一章

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「ふうん、古いの使ってるんだね」  ふわ子――本人がそう名乗るのだから、そう呼ぶことにした――は私の手元を興味深そうに覗き込んだ。 「……このグロッキー帳、お気に入りだから」  私は描きかけの絵の続きがどうにも描けなくて、ひとおもいに破り捨てた。 「……それに中身も入れ替えられるから、いつまでも使えるし」 「ふうん、そりゃあ便利ですこと。それでさ――」  彼女の話しかける声もだんだんと、私の耳に届かなくなる。  まっさらなページに見つめて、私は考える。どんな構図にしようか、どんな表情にしようか。  集中しているときの私は、すごい。とても、すごい。自分で言うのもなんだが、ほんとすごい。 「――邪魔しちゃ悪いから、ちょっと、ふわふわしてるね」  その言葉を最後に、私は外界との一切の関係を絶った。絵を描くことに没頭するのだ。  まずはおおまかな輪郭から始める。いきなり、目や鼻を描く人もいるけど、それじゃバランスが悪くなる。  輪郭を描き終えると、今度はそこに下書きとなる線を入れていく。ここから始まるのだ。  今から描くのは、ジャイちゃんとスネ子、それから変な幽霊ふわ子に邪魔された魔法少女アンだ。  いつまでも人気のあるアニメ。そりゃ、主人公のアンがあれだけ魅力いっぱいなんだもん。アニメもずっと放映されるわけだ。  ああ、アン。可愛いよ、アン。アンアン。 「あんあん、喘ぐな、気持ち悪い」  はっと気がつくと、私が絵を描いている手元のすぐ近くに、ふわ子の顔があった。 「ふえっ!」  私は驚いて思わず、飛び退く。その拍子に手元が狂い、アンの輪郭にありえない線が加わる。 「な、なにしてんのっ!」 「あたしが、いま、ここで、机に、頭乗せてんの」  ――ごだぶりゅー、いちえいち。  完璧な日本語だった。文句のつけようがないくらいに。
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