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「ふうん、古いの使ってるんだね」
ふわ子――本人がそう名乗るのだから、そう呼ぶことにした――は私の手元を興味深そうに覗き込んだ。
「……このグロッキー帳、お気に入りだから」
私は描きかけの絵の続きがどうにも描けなくて、ひとおもいに破り捨てた。
「……それに中身も入れ替えられるから、いつまでも使えるし」
「ふうん、そりゃあ便利ですこと。それでさ――」
彼女の話しかける声もだんだんと、私の耳に届かなくなる。
まっさらなページに見つめて、私は考える。どんな構図にしようか、どんな表情にしようか。
集中しているときの私は、すごい。とても、すごい。自分で言うのもなんだが、ほんとすごい。
「――邪魔しちゃ悪いから、ちょっと、ふわふわしてるね」
その言葉を最後に、私は外界との一切の関係を絶った。絵を描くことに没頭するのだ。
まずはおおまかな輪郭から始める。いきなり、目や鼻を描く人もいるけど、それじゃバランスが悪くなる。
輪郭を描き終えると、今度はそこに下書きとなる線を入れていく。ここから始まるのだ。
今から描くのは、ジャイちゃんとスネ子、それから変な幽霊ふわ子に邪魔された魔法少女アンだ。
いつまでも人気のあるアニメ。そりゃ、主人公のアンがあれだけ魅力いっぱいなんだもん。アニメもずっと放映されるわけだ。
ああ、アン。可愛いよ、アン。アンアン。
「あんあん、喘ぐな、気持ち悪い」
はっと気がつくと、私が絵を描いている手元のすぐ近くに、ふわ子の顔があった。
「ふえっ!」
私は驚いて思わず、飛び退く。その拍子に手元が狂い、アンの輪郭にありえない線が加わる。
「な、なにしてんのっ!」
「あたしが、いま、ここで、机に、頭乗せてんの」
――ごだぶりゅー、いちえいち。
完璧な日本語だった。文句のつけようがないくらいに。
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