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「で、なに描いてんのさ?」
「なんだっていいじゃない――」
ふわ子は絵心が無さそうな気がしたから、私はとっさに絵を隠そうとした。絵の面白味のわからんやつに気安く見せてやる中川夏子ではない。
しかし彼女は巧妙に私をすり抜ける――文字通りにすり抜けると、グロッキー帳を観察することに成功した。
「うわっ、魔法少女アンだ!」
「知ってるのかよ!」
同志を見つけた驚きではなくて、幽霊が魔法少女アンを知っていたのが何よりの驚きだった。
驚きのあまりに私は、芸人も顔負けであろうベストのタイミングで突っ込んでしまった。さすがだ、と自画自賛したくなったがここはとりあえず堪えた。
「いやあ、ほら。知ってるもなにも、あたしだって生きてたわけだし? 見てたアニメの一つや二つ、あるわよ」
私は至極、納得した。
そりゃそうだ、幽霊だって生きてるんだもん。
生きてりゃアニメだって見るよ。私だって、生きてるからアニメ見てるんだし。あれ、アニメ見るために生きてるんだっけ? どっちでも大差ないから、まあいいか。
ふわ子が魔法少女アンを知っていたことで、ベルリンの壁のごとくそびえ立っていた心の障壁は一気に崩れ去った。
魔法少女、すばらしい。ふわ子、すばらしい。生きてるって、すばらしい!
私はふわ子と意気投合し、夜通ししゃべり明かした。
初めて自分の気持ちを共有する人に会えた。もちろん死人だけど。
初めて自分の想いを語ることができた。もちろんアニメのことばかりだったけど。
腹がよじれるくらいに笑った。ひどく楽しかった。ある蒸し暑い初夏の夜のことだった。
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