第二章

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「バカガワさん、掃除当番でしょ?」  今日は見たいアニメがあったから急いで帰ろうとしていたら、スネ子ちゃんに呼び止められた。横でジャイちゃんがにやにやしている。 「え、私は昨日だったけど……」 「あれー、うちらと交代してくれるんじゃなかったっけ? うちら、今日、塾なのよねえ」 「でも……」 「代わってくれるわね? うちら友達じゃん?」  私は頷くしかなかった。今までも、そしてこれからも。  ジャイちゃんとスネ子ちゃんに逆らうと、また便器に顔を突っ込まれたり、靴の中にミミズを入れられたりするかと思うと、足がすくんで何もできなかった。  従来、掃除当番は二人組だけど、今日は私ひとりだ。今日はアニメを見れないどころか、絵を描く時間も少なくなっちゃう。そう考えると自然とため息が出た。飛べない豚はただの豚だと言うのなら、絵を描けない私はいったい何だと言うのだろう。  私のため息を聞きつけて、ふわ子が言った。 「やられっぱなしで恥ずかしくないの、バカガワさん?」  怒っているときのふわ子はいつもと違う。私のことをクラスメイトと同じように蔑称で呼ぶ。 「嫌なら抵抗しなきゃ、何も始まらないでしょうが。周りが変わってくれる、変えてくれるなんて思ってたら大間違いよ?」  嫌なら抵抗しないといけない。嫌じゃないなら抵抗しないでいい。簡単な命題だ。  昔の私なら、絵を描く時間が減るという消極的な“嫌”だっただろう。  今の私は、ふわ子と出会い、人と話すことの喜びを知ってしまった。いじめられるのが嫌かと問われれば、間違いなく嫌だった。どこに出しても恥ずかしくない、完璧な“嫌”。  ……だけど。 「だけど、私には勇気がない」  そう呟いた私を見て、ふわ子は優しく微笑んだ。  ふわふわ、ふわふわ。いつものように漂いながら、彼女はそっと包みこむように私に腕を回した。  彼女に実体はないのだから、その手が私に触れることは、ない。それがひどく残念だった。 「ふわ子」 「ん?」 「触れられないけど、あったかいよ」 「そんなことないよ。幽霊だもん」  ううん、と私は首を振る。 「あなたが生きていればよかったのに」  この温かさはもう長らく忘れていたけど、きっと、まだ私がまともだった頃に、母さんがそっと回してくれた腕の温もりに似ていた。  ふわ子は私の言葉を聞いて、哀しそうに微笑んだ。
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