第二章

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 ふわ子は、自分の死については語ろうとしない。  だれだってそうだろう。死ぬときのことは考えたくないし、死んだとしてもそんなこと思い出したくない。  だから私は聞かない。ふわ子が自分で話すまでは聞く気はない。 「朝ご飯よ、夏子」  母の声が階下から聞こえる。こうしていつもの一日が始まる。今日は絵を描く時間があればいいと思う。  学校はいつも通りだった。  いつものように退屈な授業を受け、私は問題児だと決めつけている先生に怒られ、いつものように苛められ……、いつもの一日を耐える。苛めの内容は思い出さないようにしている。日記にも書きたくないし、絵にも描きたくない。 「おーい、死んだ?」  生きてる、まだ。  残念なことに、まだ。 「ありゃりゃ、だめか。ハデにやられちゃってさあ。ちょっとはやり返せばいーじゃん。こんなになるまで、あんた、バカでしょ。バカよ、バカ。今改めてわかったわ。あんたはバカ、バカバカバカ。バカの中川さん。略してバカガワ、きゃっは! 笑えるんですけど!」 「うるさい」 「おっと、生きてたか。こりゃ失礼」  いつものように白いワンピースに身を包んでいるふわ子は、舌をぺろりと出して、可愛らしげに微笑んでみせた。  ふわふわと浮きながら。  ふわふわ、ふわふわ。風に浮くでもなく、鳥のように飛んでいるでもなく、ふわふわしているとしか言いようのない、そんな、 「ふわふわ」 「へ?」 「あなた、ふわふわふわふわ、邪魔なのよ。私の何なの? さっさとどっか行ってよ。それとも何、イジメのつもり?」  ふわ子はきゃはきゃはと笑った後、どこかへ消えていった。ふわふわ、ふわふわ、と。  そんな気はなかったのに、消えてしまった。ふわふわ、ふわふわ、と。
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