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ふわふわ、ふわふわ。
ふわふわ。ふわふわ。ふわふわ。
彼女は、浮きながら言う。
「じゃあ、いじめられてる暇あったら、絵、描けば?」
できないから困っているのに、いけしゃあしゃあとこの子は――
「……よ」
私の静かな怒りを言葉に乗せた。けれど、彼女には聞こえなかったらしい。案外、聞こえていてわざと、かもしれない。
「へえ、なーに? なにかしら、バカガワさん?」
「うるさいっ! できたら苦労しないのよ! できたらっ、何もっ、何も苦労しない!」
バカガワ――この子までそう呼んできたことは意外だったけど、そんなことにまで気が回らなかった。
無神経な、女の子の口調。小馬鹿にしたようなその口調。
見下したかのような視線。私を見つめるこの視線。
なぜだか、とても腹が立った。
「……人を、小馬鹿にして!」
「……コバカじゃん」
彼女がおうむ返しに言った言葉は、むかついた。頭に来た。鶏冠に来た。
「……っ!」
文句を言おうとしたけど、言えなかった。言葉が思い浮かばなかった。
私はジャイちゃんに水をかけられた姿のままトイレを飛び出した。
くしゃくしゃの髪の毛で、教室にかけこむ。泣きそうな様子を見て、クラスメイトたちがくすくすと笑いをこぼす。
だけど、そんなことどうでもよかった。
久々に動揺した。
何もかもを見透かしたようなあの子の瞳が怖かった。そりゃあ幽霊だもん。なんか浮いてたもん。怖いに決まっている。
昂る気持ちを落ち着かせるには、ゆっくり絵を描くのがいちばんだ。
家に帰れば、ジャイちゃんもスネ子もいない。
家に帰れば、あの変な子もいない。
――私のベストプレイス。
教室から下駄箱へ、下駄箱から校門へ。
走って、走って、走った。走れメロスならぬ、走れ私、だ。
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