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家につくと、父と母に挨拶だけして部屋に駆け込んだ。
ちゃんと、ただいまを言わないとまた学校で何かあったのかと心配するからだ。そしたら質問タイムが始まって、また絵が描けないなんてことになりかねない。
それに、私は父も母も苦手だった。できれば二人と関わらず、私ひとりで部屋にいるようにしたかった。
荒い息をつきながら部屋に入ると、やっほー、と間の抜けた声がした。
いた。
また、いた。
「何きょとんとしてんの、あんたを空から追っかけてたらすぐここまで来れるでしょうに。なーんも不思議なんてないわよ。きゃははは」
「あなたが不思議よ!」
悪びれず笑ってみせる彼女に、私は思わず突っ込んでしまった。
「あたしが不思議?」
彼女はきょとんとした顔を見せた。不思議な存在である自覚はないようだった。
私は改めて白いワンピースの彼女を観察する。
年齢は定かではないが、私より歳上であることは確かだろう。ただ彼女は化粧をしているようで、高校生かもしれないし大学生くらいかもしれなかった。
幽霊が化粧するのか不思議に思ったけど、目の前でふわふわ浮いているほどの不思議ではなかった。
「……不思議。すごく不思議。あなた、いったいなんなの?」
私の問いかけに彼女はしばし目を閉じ、
「ふわふわ浮いてるから、ふわ子ちゃんってことで」
「あなたの愛称なんて聞いてない! あなた、何なの?」
「え、ふわ子ちゃんだけど?」
彼女――ふわ子は悪戯めいた笑みをこぼした。
……相手するのも疲れた。
私は、ふわ子ちゃんは無視して、机に向かった。
鞄からお気に入りの、大切なグロッキー帳を取り出す。中身を付け足せるタイプで、使い終わったら新しい用紙と交換できるものだ。
これは母さんが私の生まれたときに買ってくれたもので、本当に気に入っている。
私が母さんから買ってもらったものはこれだけなんだなあなんて考えながら、私は絵を描き始めた。
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