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 俺の耳は既に春山刑事の声は届かなくなっていた。目の前は真っ白になって行き、足がガタガタと震えていく。俺の知らない所で何か途轍もない大きな力が蠢き、俺の日常を三年と言う年月を掛け、ゆっくりと侵食していた様だ。もしかして三年前に麻沙美が俺の前から消えたのもこの大きな力のせいだったのかも知れない。麻沙美… 君の周りでいったい何が起きているんだい。君のことが心配だ。        ☆  俺と美保はDNAの採取が終わった後、最寄り駅の近くのファミレスで少し遅いランチにした。  美保はお子様ランチとオレンジジュースを頼み、俺はコーヒーとクラブサンドを頼んだ。  オレンジジュースが運ばれて来ると美保は足をバタつかせて喜び、美味しそうに飲みだした。そんな美保のことを感慨深げに見ていると、美保は俺に汚れのない笑顔で微笑んだのだ。 「オレンジジュース美味しいね。パパも飲む」  美保が笑顔で俺にオレンジジュースを差し出す。俺は首を横に振って答えた。 「美保のオレンジジュースだから全部飲んで良いよ」  俺が怪訝そうに言うと美保は表情を曇らせてダダを捏ねたのだ。 「パパと飲むの」  周囲の視線が俺達に向けられる。俺は周囲の視線を気にし、美保に慌てて言った。 「分かったから、飲むから良い子にしてくれ」 「うん」  俺は美保からオレンジジュースを受け取り一口飲むと、美保の表情が一気に明るくなったのだ。この子が本当に俺の子だったとしても、俺に育児なんて出来るのだろうか? 俺には育児に関する知識なんてこれ一つもない。本当にこの先が不安になってくる。しかも美保が「パパ」と言う度にドキっとする。俺には父親と言う自覚が全然無いのだ。  それより何故美保は俺の事を一目見て父親だと判ったのだろうか。俺と美保は会ったことが無いはずだ。俺はこの率直な疑問を美保にストレートに聞いてみた。 「ねぇ美保。昨日が会ったのが初めてだったよね」 「うん」 「何で俺がパパって判ったの」 「美保ね、パパのお写真持ってるの」 「俺の写真?」  美保のカバンの中を覗いたときそんな物は入ってなかったはずだ。俺は美保に改めて尋ねた。 「今も持ってるの」 「うん」  美保は元気に返事すると、カバンからラブ&ベリーのカードを取り出して机にばら撒いたのだ。
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