幸福

10/20
前へ
/20ページ
次へ
 怒りは込み上げてこなかった。悲しみも、憎しみも、なにも込み上げてこなかった。何も考えることができなくなっていた。 「お前が気の済むまで殴ってくれ」  俺が何も答えないと、マコトが顔を上げる。目には涙が浮かんでいた。長い付き合いだが、マコトの涙を見たのはこの時が初めてだ。 「許してくれなんて言わない。だけど、ユカとのこと、おまえには認めて欲しい」  マコトが懇願した。それから、ずっと、二人のあの繰り返しが続いた。俺は魂が抜けたように、二人のやりとりを何を言うでもなく、怒るでもなく、泣くでもなく、ただ、見つめていた。そして、ほどなくして、そのまま、何も言わずに二人を置いて店を出た。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加