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そこは悪夢か地獄か、死者の香りで満ちていた。
辺りの大地を覆う、一面の深紅。それが花弁であったのならば、どれほど目を奪われただろうか。しかし、咲き誇る赤は例外なく、鉄の香りを振り撒いている。それらの赤たちに紛れて、無数の白や黒、そして生気を失った黄土色が、落ちていた。
その修羅場に佇むのは、独りの少女────光を喰らう漆黒の長衣を纏い、彼女の華奢な体格と不釣り合いな剣を帯びた、影絵。彼女の身長程もあるその剣は、肉厚の刃────故に、鋭さではなく、重量によって対象を断ち割るために用いられるようなもの。装飾を一切排除した簡素な一品だが、今、その刃の大部分は紅の衣に包まれている。
「59331……」
少女が一歩を踏み出すと、長衣の裾が赤を巻き込み無用に尾を引いた。少女が大地を踏みしめるのと同時に、枝が折れるような乾いた音が辺りに響く。
「う……が……」
湿った足音ばかりが世界を支配する中、まるで深淵から助けを求める亡者かとも思える呻き声が、少女の鼓膜を振動させた。その哀願の声に、彼女の口許が綻ぶ。
「59332……」
鈍色の質量が大地を揺るがしたその瞬間、少女の背に黒翼が開いた。
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