禁断の果実

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 数々の調度品が並ぶ部屋の中央で、肘掛け椅子に揺られる青年は、窓から見える炎色と共に地平の果てに沈みゆく夕陽を目に焼き付けながら、微睡んでいた。  明日、名家の跡取りとして婚礼の式を挙げる。それは、先代当主が遺した言葉の通り、家を守るためである。  彼が静かに物思いに耽っていたその時、部屋のドアが軽くノックされた。控え目な叩き方からすると、妹のようだ。 「どうぞ」  その言葉を待たずしてドアが開かれ、少女が笑顔を浮かべながら部屋へと入ってきた。黒を基調としたドレスは、幾重にもレースの縫い取りが施されており、その姿は影絵のごとく、彼の目に映り込む。 「林檎が剥けましたわ、お兄様」  彼へと歩み寄り、テーブルへと小皿を置く少女。彼は、林檎をフォークで貫き、一欠片を口に含んだ。咀嚼のたびに、みずみずしさが広がってゆく。 「ありがとう、おいしいよ」  彼は妹の頭を撫でながらふと、彼女の手に握られる銀色の凶器に気付いた。唐突に、妙な目眩が彼を襲う。 「お兄様、ずっとずっと、一緒にいましょう?」  目の前で振り上げられる銀色のモノと、無邪気に微笑む妹の姿を見ながら、彼は林檎の香りと共に目を閉じた。
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