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掴もうとする僕の腕を振り解き彼女は進んでいく。
―止めなければ。
だが、心の何処かでこれで彼女が楽になると考えている自分が居た。
『孝志。ありがとう。』
彼女は確かこう言っていたと思う。
僕は走りだし彼女を抱きしめた。
彼女は微笑んで最期の一歩を踏み出した。
僕も一緒だ。
君一人で逝かせやしない―
一緒に落ちていく中で彼女は僕にもう一度、ありがとう、と言っていた気がした。
僕の気の性かもしれないけれど。
ところが僕は目を覚ますこととなる。
彼女と永遠の眠りに着いた筈なのに。
その時運ばれたのがこの病院だったのだ。
しかも僕はその後何度も運ばれることになるのだが。彼女を失った心の傷は深く自分一人生き残ってしまった罪悪感から何度も自殺未遂を繰り返した。
仕舞いに精神科に入院し、その時彼女に関わるもの全てに蓋をし記憶の彼方に追いやった。
もう二度と思い出せないように。
また彼女の後を追ってしまうから。
それから三年。僕はまた普通の日常に戻っていた。
だが、あの夢を見るようになった。
彼女は僕の心の中で生きていたのだ。
あの約束を果たすために。一週間後退院した僕はそのまま春日岬の近くにある結婚式場へ足を向けた。
「結衣嘉、遅くなってごめんな。」
『ほんとよ!私ずっと待ってたんだから。』
幻聴か?彼女の声が聞こえる。
『孝志。』
「ん?」
『私、貴方に出会えて良かった。』
「ん。」
『ケーキ入刀も、ブーケトスも誓いのキスも出来なかったけど、二人でここに来れただけで満足だわ。』
「ん。」
『―じゃあ先に行くね。』
「―ん...」
涙が溢れて来た。
彼女か?背中が温かい。
「行くなよ。」
『・・・』
彼女は無言で首を振る。
ふっと温もりが消えた。
「結衣嘉?」
振り返ると彼女が微笑んでいる。
『孝志、泣かないでよ。逝けなくなるじゃない。』
抱きしめても、もう彼女を感じることはできないけれど、それでも強く強く抱きしめた。
『―孝志・・・また会えるよね?』
「ああ。」
彼女は最期また微笑むとすっと光の中に溶けていった。
『ありがとう、愛してる。』
彼女の声が聞こえた。
―僕はまた夢を見る今度は彼女と僕の未来の夢―。
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