12人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
あまりに有名な古典落語の名作「目黒のさんま」
今更そのストーリーの説明なんて、野暮は致しません。
実話を基に作られたとされる「この話」実は意外にも成立時期がはっきりしておりません。
ですので、原典として
「別の場所」と「別の食材」の組み合わせの話があったのでは?
との向きもございますが、今回はあくまでも
「目黒のさんま」
と言う事で話を進めさせていただきますので、ご了承を。
さて舞台は、目黒不動近くの茶屋がモデルだと言われております。
「茶屋」と言うと、いかにも「喫茶店」的なイメージがありますが、実際は「お茶」以外に「甘味」や「食事」、場所によっては、「酒」も扱っていたようですから、「ファミレス」の方が近いかも知れませんなぁ。
では、「茶屋」でさんまを召し上がられた「殿様」とは、一体どなただったんでしょうか?
実は、特定されていません。
二代目「柳家小さん」が、「松平出羽守」と設定してから落語界ではこれが定番化したようでございます。
他には、八代目「林家正蔵」が「将軍家」と設定しておられます。
懇意の茶屋があった為、風説では「三代将軍・家光」もございますが、年代的に厳しいかと思われます。
さて、「目黒のさんま」は本当に旨かったのか?
と言う問題ですが、結論から言うと「旨かった」んです。
しかも「採りたて」より「旨い」のは当時、既に常識と言ってよかった様でございます。
目黒が海の近くだった訳ではございません。
だったら何故とお疑いの向きもございましょうが、ちゃんと根拠がございます。
さんまは、塩を振って2~3時間位が最も旨いと言われおりますが、ここが重要なポイントでございます。
当時の魚屋がどうやって鮮度を保って運搬したかと言いますと、氷なんて当然手に入りませんから、塩を使います。
塩を振ったさんまを手桶に入れて担いで徒歩で運搬する訳です。
すると中で振動で塩がさんまに馴染んで旨味が増します。
そして、目黒に到着するのが2~3時間後。
つまり、最高の状態で手に入る訳です。
そして近くには、大量消費地である品川宿があり旨い物は旅人を通じて評判になる訳です。
これらの背景が解ると知っている筈の話も、見方が変わる気が致しませんか?
さて、難しい話はこのくらいにして、今晩辺り熱々のさんまで、、
では、またのご来店をお待ちしております。
最初のコメントを投稿しよう!