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春爛漫。
桜が咲き始めてもう二日は経つだろうか。
会社までの道程を歩きながら、金森政則はそう思った。
いずれ散ってしまうこの桜は、健気に咲いているまでの一瞬と思える時間が美しいのだろう。
それでも。
美しいと思っても、金森は桜が嫌いだ。
自分を見ているようで――酷く惨めになる。
願わくば、早く夏が来てほしいものである。
そもそも春と言う季節が嫌いなのだ。
新入社員に人事異動。人間関係を円滑に進められぬ人間不振の金森には、耐えきれない程のストレスがこの季節に押し寄せてくる。
この時期は薬を手放せない。
「お早ようございます」
自分の部署へ足を入れると周りの同僚や上司に挨拶をする。
そのまま給湯室に足を向けて鞄からピルケースを取り出した。
――しまった…。
ピルケースの中を見て金森は頭を抱えた。
先日処方された安定剤を部屋に置いたままにしてきてしまったのだ。
今年は社員枠が少なく、幸い、今日から入ってくる新入社員はこの部署には居ないらしいし、二年も世話になっている部署だから最早安定剤は必要ないとは思うのだが…。
人事異動でこちらにくる人間が確か一人居たはずだ。
一度深く溜め息を吐くと冷たい水を一杯飲んで心を落ち着かせる。
大丈夫。大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせて、金森は自席へと向かった。
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