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俺のお姫様
「ただいま」
家に帰るなり、彼女はタオルを持って玄関に駆け寄って来る。
「遅いよぉ~っ」
なんて、頬を膨らませていうくせに止めろというのに手に持ったタオルをこちらには渡してくれず、俺を屈ませて頭を拭こうとして来る。
自分で拭くからというのに世話が妬きたくて仕方ないらしく譲らない彼女に根負けして、玄関先に座り込むと、彼女は素早く俺の口から煙草を奪い取った。
一瞬、自分の目が円くなった気がした。
「それが狙いかよ」
呟いた頃には彼女はもうコンビニ袋片手に部屋へと向かっていて。
頭に無造作さにタオルを置かれた俺はしてやられたという顔をした。
※
ふりかけご飯を食べて、取り敢えず食べられそうな焦げたおかずをどうにか食べ切って煙草に手をかけると彼女は既にこちらの顔を覗き込んでいた。
「あのね。何でお前いっつも飯の後人の顔見つめんの?」
そう尋ねると、彼女は大袈裟に驚いてみせて。
「気付いてたのっ?」
そう言った。
ははっと軽く苦笑いをするとふいに後ろから抱き締められた。
「暑いですよ。お姫様」
正直に言っただけなんだが、彼女が少しだけうろたえたのが分かったから。
「窓開けてよ?」
紫煙を吐き出しながら視線だけ上げて、彼女に言う。
うん。と、短く返事をして窓を開けに行く彼女。
普段なら、部屋に雨が入るから嫌!
とか、言うくせにたまにこういうしおらしい姿を見せるから対応に困る。
くっつきたいのなら、また直ぐに来ればいいのにタイミングを失ったのか、先程出会った猫のような縋るような瞳に目を細めて。
俺は緩く笑って言った。
「おいで」
クーラーと雨で冷えきっていた身体に人肌の温度は心地良くて。
飼い慣らされているのはどっちなんだろう──?
ふと、そんな事を思った。
飯が不味くて、口煩くて。
なのに時折弱さを見せる飼い猫のような彼女は……。
いや、餌付けされてしまった俺も。
きっと一人で生きて行く事など出来ないのだと知りながら。
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