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「都<みやこ>」
「母さん、ちょっと」
「いま、京がやっと目を覚ましたところなのよ」
声に湿り気が帯びる。
演技だったらアカデミー賞ものだと冷めた気持ちで、首だけを二人の方に向けていた。
どこか爬虫類系のような男の目と一瞬合った。
獲物を確かめるような視線だ、そう感じ悪寒がはしる。
「向こうの人が来ているんだ、ちょっと話しがしたいって」
「そっ、そうなの」
「1階の食堂で待ってる。
俺はせっかくだから京と少し話してから行くから、母さんは先に行って」
「ええ、分かったわ」
「大丈夫、大分落ち着いてきているから、もう前のように喧嘩にはならないよ」
おでこをひと撫でして出て行くおばさんと入れ代わりに男が目の前に座った。
「結婚することにしたよ」
いったい何の報告?
もう少しヒントをくれと、クイズの解答者のような視線を向ける。
「君の身体には、一生消えない大きな傷痕が残ってしまったんだ。
幸い服を着ていれば目につくところではないらしいけれど、かといってそのハンデを背負うには余りにも重い傷だそうだ。
ご両親は烈火の如く怒って、とくに父親の方は手がつけられない状態だった」
「うう」
まるでその光景が見えるようで、目頭が熱くなった。
「お父さん」
「それで、責任というわけではないが、僕が北川晴子を嫁に貰う事になった。
ちなみに、本人合意済みだ」
「はあ?」
本人合意って、いま初めて聞いたんですけれど。
それになんで私がこんな蛇男と結婚?
傷痕うんぬんのくだりよりも衝撃的だっつーの!
「お断りします」
「もう決定事項だよ、京」
「ああ、それ気になっていたんですけど、なんで貴方達は私の事をキョウって呼ぶんですかね」
一瞬、男の口が裂けたように見えたが、それは笑った形に見えなくもない位置で固まった。
「本当なんだ、京の言っていた事は本当なんだ、あんたは、やっぱり、北川晴子さんなわけか?」
「ほかにどう見えるんですか?」
「クククク、アハハハハハ、あー、ありがとう、ありがとう、北川晴子さん、じゃあ、マジであっちが京なのか」
壮絶な狂い笑いに呆気にとられ、次から次に引き起こされる芝居じみた状況を黙って見ているしかなかった。
やがて、笑い過ぎて出た涙を拭いながら、男は手を差し出した。
「俺は橘都<たちばなみやこ>、はじめまして、橘京>たちばなきょう>」
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