ラブフィニティ

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程よく馴染んだパーマが、肩まで緩やかに波うつ栗色の髪。 触れたら吸いつきそうな瑞々しい頬、丸みのある唇。 産毛のような細かな繊維の立つクリーム色のニットを羽織る姿の全てが、柔らかな印象を与える。 そのなかで、目だけがヘマタイト鉱石のように、硬質で黒く湿った光を帯びていた。 「ああ、そう、俺は、陽一郎、冬山陽一郎です」 「そう…なんだ……」 キョウはベッドから降りると、畳んで置いてあった服を着た。 コタツの上に置きっぱなしになっている眼鏡を見やる。 「何度か会っているよね、気分や機嫌の善し悪しにしては、随分と雰囲気が違い過ぎていると思っていたんだ。 貴方がソウちゃんではなく、陽一郎さんって人だったって言うなら納得できる。 けれど、どういう仕掛けになっているの?」 キョウは尋ねた。 「俺は、窓子にとり憑いた亡霊のようなものって思ってもらえればいい。 窓子が眠ると、こうして偶に、俺の意識がこの体を動かしているんです」 「……なら、その体は、ソウちゃんのなんだよね」 「そう。 俺は窓子の兄で、すでに四年前に鬼籍に入っている立場なんです。そして残念ながら、今こうして在る自分も、こうなった原因も理解できていない、ただ、現況を享受〈きょうじゅ〉するより他になく妹の体を使っている。隠すつもりはなかったんです。 ただ、時宜〈じぎ〉を計っていたんで……」 キョウは眼鏡に目を落したまま聞いた。 「鬼籍〈きせき〉って、じゃあ、本当の体はもう無いってことだよね、それ……今の状況が、怖くないですか?」 「自分の体が無いってことが?」キョウは首を振る。 「摂理〈せつり〉に悖〈もと〉る自分の存在がですよ。 生き物全てにおとずれる真実が、自分には予測もつかない経緯でやってくるかもしれないってこととかが……」 「肉体の死とは関係のない死。 つまり、いつ消滅するか分からないことですかね?」 キョウは項垂〈うなだ〉れたまま、片手で自分の前髪をくしゃりと掴かんだ。 「俺は、そうだね、自分の死を理解する前に死んでいるからね。 ロスタイムの笛の音を聞かなくても、誰も恨んだりするつもりはないと決めているんです。 怯えることも、諦めることも、期待することもなく、ただ道があるから歩く。 それだけですよ」 「俺には、暗い道を歩く勇気なんてない」 キョウは呟くように言い、顔を上げて陽一郎を見た。
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