478人が本棚に入れています
本棚に追加
(なんて、ややこしいことになってるんだよ。
ややこしいのは自分一人で充分なんだよ!
ああ、なんだよ、橘京として生きると決めた矢先にこれだ。
結局心は晴子のままなんだ。
だからきっと彼を好きになったりするんだ。
自分みたいなのが人を好きになったりするから、こういう目にあうんだ)
「ちぇ、つまんねえな」
呟く少年の声。
窓子の人格の一側面だったらどうんなによかっただろう。
陽一郎が彼女の狂言なら、陽一郎を好きでもよかったんだ。
だが陽一郎と窓子は別の人間だ。陽一郎が自分と同じ不安定な存在であると知って怖かった。
何の前触れもなく消えてしまったらと思うと、縋りついて泣きたいくらいどうしようもなく不安になって、胸が塞〈ふさ〉いだ。
会って間もないのに、晴子の時はどんなに探しても、こんな思いをさせる人間はいなかったのに。
なんでよりによって今の自分で。
(大丈夫、得意だろ?
自分の気持ちを殺すのは、慣れている)
好きになってはいけない人は好きにならない。
自分のことを好きになってくれない人は好きにならない。
望のない人は好きにならない。
そうやって芽生えた好意を、沢山の心を殺して、捨てて来たんだ。何事もなかったかのように、自分の心の残骸の上を、平坦な道を歩くように、草も木も花も何もない平和な砂漠を歩いていたんだ。
「できる」
掌を握ったり開いたりして、どうしたいのか分からないで、両手で前髪を鷲掴む。
(はは……感謝します、この素晴らしいクソったれな世界を!!)
衝撃があった。
目の前が真っ暗になり、気付くと自分の力とは関係なく体が持ち上がっていた。
身の危険を感じ、状況を把握しようと、オチかけた意識を吐き気を堪えながら留〈とど〉める。
「おい、人違いだったらどうすんだよ~」
「いや、こいつこいつ!
間違いねえって、この金髪。
なあ、中村?」
耳元で声がし、目を開くと目の前に見覚えのある茶髪の鷺高生の顔があった。
襟首を掴みあげられた状態と、首の裏に感じた衝撃から、茶髪に首の後ろに、とび蹴りをくらわされたのだと理解する。
「おお、こいつだよ、間違いねえ、えらい美人だったからなあ、忘れねえよ」
キョウは思わず咽〈むせ〉る様に吹き出し、掴んでいる中村という茶髪の少年の腕を揺らした。
「ウソつけよ、コワくてコワくて、俺のことが忘れならなかったんだろ?」
耳孔を介さず、自分の肉がたてる、殴られた音を聞いた。
最初のコメントを投稿しよう!