ラブフィニティ

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最初の蹴りが急所をとらえていたらしく、もはや手の一本も動かせない。 反撃はおろか、逃げだすことも出来ないのに、相手を罵る言葉が浮かんでくると、口に出さずにはいられなかった。 肩に腕を回され、二人がかりで担ぎあげられて移動する。 この間の仕返しをするつもりだろう。 ひとけのない路地に投げ込まれ、停めてあった自転車にぶつかり腰を打って地面に転がる。 行き止まりになった道の奥は、荒れ果てた廃屋で、両側は物言わぬ冷たい雑居ビルの壁がそそり立っている。 「不意打ちの上に、三人がかりで悪いねえ。 俺ら鷺高のモットーは『常勝』なもんで、どんな手を使ってでも勝たないと、顔が立たねんだわ」 「そうゆうこと。 俺達こういうの嫌いじゃないんでねー。 地面に這いつくばってるヤツをさらに袋にすんのとか。 でも、まあ、安心しろよ。 俺達だって死なねえ程度には加減できる、と思うからさあ~」 言いながら蹴り下す少年のつま先がキョウの鳩尾〈みぞおち〉付近を抉〈えぐ〉り、体が浮くほど蹴りあげられて息が止まる。 視界が白くなり、堰〈せ〉き止められていた空気が一気に肺に流れ込み、噎〈む〉せかえすように唾や胃液を吐きだす。 酸欠で朦朧とした耳朶に「ほら、ごめんなさいって言ってみろよ、案外許してやるかもしれねえよ、俺、優しいから」と声が届く。 下卑〈げび〉た笑いがおこる。 「嘘言っちゃ可哀想だろう? そんなんでお前が許すわきゃねえだろうがよ~」 はしゃぐ声がする。 「いいから、言えよ」と胸のあたりの服を掴んで揺すられる。 焦点を合わそうと凝らした目には、白い空と、廃屋の庭から外塀を越えて枝垂〈しだ〉れている奇妙な花が見えた。 「息がくせえ」 呟くと同時に、顔を同じ方向に二度殴られた。 鼻がツンとして、口腔に鉛のような味が広がった。 髪を掴まれ、立ち上がらされて「そ~らよ」と後方に蹴り飛ばされる。 「そいつ、全然鳴かなくてつまんねえ、飽きた、殺そうぜ」 「おい、中村、早くそいつ鳴かせろよ、じゃねえと、島田先生が、お殺りになってしまうぞ」 「わーかってるよ」 腕を踏みつけられ、キョウは身を縮める。 中村はポケットを探り、舌打ちをした。 「まさか、こいつに偶然会うとは思ってなかったからよお、今日は何も持ってねえな、煙草もねえ、オメーらは?」 「俺もなんもねえ、島田先生なんかねえの、拷問道具」
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