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「おい、やめろこの出戻り女!! 縄をほどけ!!」
見ると、捲りあがった蒲団から、ナワトビの縄で縛られている滝田の胴が見えた。
キョウの目の前で、にこやかな頬笑みを湛えていた美女の表情ががらりと変わり、怒気に唇をひくつかせながら「私はまだ結婚してないから、出戻りとはいわないのよ」と凄んだ。
「あの、えっと、こちらは?」
キョウは滝田の方に首を向けて聞いた。
「義姉ちゃんだよ」
「えっ、お姉ちゃん? どういった種類のお姉ちゃん?」
「兄貴の彼女で、ご近所さんで、幼馴染で、いまは居候〈いそうろう〉」
「いずれは、ここの嫁になりまーす」
「どうでもいいけれど、アナ、お前、何その格好」
滝田がアナと呼ぶ女性は、暗めのブラウンの髪に、天然のカーリーマツゲの下の瞳は飴のような色をしていた。
「初詣の予行練習よ。
せっかく着たからプリンスに見てもらおうと思って、どうかしら、私似合ってますか?」
思考機能が少し回復し始めたキョウは、畳の上で一周してみせるアナに「よくお似合いですよ」とデパートの店員のように追従笑いを浮かべた。
「おい、そんなことはどうでもいいから、早く縄を解けって、お前、毎度ロクなことしねえな」
「人生を楽しむのに、ユーモアは欠かせないわ」
「楽しいのはお前だけなんだよ、ボケ!」
「オー、慧斗〈けいと〉、プリンスにばっかり構うから妬いているのね」とアナは滝田をギュッと抱きしめた。
「チッ、また変なスイッチ入っちまったな」
なすがままの滝田を見てキョウは「ケイトちゃん……」と肩を揺らしながら口を手で押さえ、笑いの波をやり過ごそうとした。
だが、堪え切れず「ブフッ」っと吹き出す。
「ケイトちゃん、顔がヤベーよ、赤いよ、赤過ぎだってフクク」
キョウは体中の痛みに身を捩りつつも、涙を流して「どんだけ」と繰り返し言いながら笑い続けた。「プリンス、元気でよかった。
慧斗から話を聞いて、私元気出すように言いに来たけれど、ユーの目は澄んでいるから大丈夫、心配する必要なかったみたいね」
「はあ、ありがとうございます、アナさん」
「アナ・グラハムです、いずれ滝田アナになります」
「兄貴と喧嘩して同居先から逃げてきたくせに」
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