ラブフィニティ

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この雑誌を持ってきた女子と、川本とでモメているらしい。 川本はどうやら橘を庇〈かば〉ってのことらしいが、そのせいでクラスの注目をより集めてしまったのだろう。 今や、この被写体が橘だと誰もが思っているようだ。  「本人はなんて言ったんだよ」 何故か鼓動が早鳴る。 (ボクは何を興奮しているんだろう) 「何も、っていうか、橘から何か聞く前に川本の奴が……」 杉岡が肩を竦〈すく〉める。 フラフラと階上に向かっていく血の気のひいた橘の顔と、写真に映し出された背中の傷が、死を連想させた。 (だからなのか) まるで高く幅の狭いところを歩かされているような興奮と緊張で、体の末端が制御できない感覚に陥る。 席に戻るつもりで歩き出した足が、何故か喧騒から離れるようにして教室を後にしていた。 人気のない廊下に出ると、高い梯〈はしご〉で足を滑らせたように心臓がふわりと跳ね、鼓動が加速する。 (あいつ死ぬんじゃないかな) 期待感が高まり、気が急って足が縺〈もつ〉れそうになりながら、階段を上る。 自分が何度も口にした、そう願った結果がこの先にある気がした。物置になった踊り場には、机や椅子が並べられていて、バリケードのように屋上に続く道を塞いでいた。 手前の椅子を少しずらすと、埃をかぶった机の上に新しい足跡を見つけ、橘が通ったことを確信する。 思わず浮かれた声が口から洩れて焦る。 この先に、大好きな、何度も何度も何度も描いた未来があるんだ、それはボクの頭の中の出来事じゃなくて、現実なんだ。 土気色の顔を晒して動かなくなる軟らかい体。 それがボクの中のお前だよ、橘。 ドアを開ける。 一瞬目の眩むような青の中に、スチールの格子に手を掛けて立つ橘の姿を見つけた。 (本当に……本当に、ここにいたんだ) 重い鉄の発てる音に、橘が振り向く。 対峙する表情に色はない。 ただ、目を向けてくるその顔は理想通りの生気のなさで、元の白さをおいても、やはりそれ以上に白く見えた。 金髪を黒に戻した橘の髪は、元の色を通り過ぎ、湿ったような光沢のある漆黒の髪は誰より暗くてそれはそれでまた目立っていた。 なんにせよ、こいつがムカつくことに変わりはない。 だが、ムカつく存在であるのも後少しのことかもしれないと思うと、胸がうずく。
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