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男は止める間もなく、変な空気を残したまま部屋を出て行ってしまった。
針の刺さっていない左腕を動かし、掌を目の前に翳してみる。
肉付きが悪く、一回り小さくなったように思えた。
右手には、鉛筆の持ち方が違うせいで本来中指にあるべきペンダコが薬指にある。
それを見れば、すぐに自分の手と分かるのに。
いやいやいや、そもそも自分の身体かどうか確かめる必要なんてなくないか?
ナースコール!
そうだ、看護士さんを呼べばいいんだ。
あのテレビでよく見る、呼び出すボタンは何処にあるんだろう?
変な人を病室に入れないで下さい、両親を呼んで下さい、怪我の状態を説明して下さい。
言いたい事だらけだ。
首を巡らし辺りにそれらしいものがないか探し、頭上から延びたコードを見つけた。
コードは枕の下を通り、ベッドの右手側に垂れている。
左手でそれを掴もうと身体を傾けると、思いも掛けずバランスを失って反転し、ヤバイと思った時にはなすすべもなく、硬質な白い床がグンと近付いてきた。
目を閉じたからといって痛みから逃れられるわけもなく、ガシャンという大音響の後に激痛がはしった。
あちこち定まらない痛みが、身体中を叩く。
反射的に身を丸めると、背中が燃えるように痛んだ。
「ギャア」っという自分の声とドアを開けた看護士の悲鳴が同時だった。
「橘君!!」
すぐに冷静さを取り戻した看護士に、ダメな子を諭すような口調で「あらあらどうしたのかな、起きたら誰もいなかったから寂しくなっちゃったのかな?」と話し掛けられつつ抱き上げられた。
ベッドに戻され、倒れた点滴類を手際よく戻し、針の状態を確かめる彼女の流れるような動作を見つめながら、激しくなる動悸が押さえられなくなった。
いくら職業柄腕力があるといっても同体格の人間をこんなに軽々は持ち上げられないだろう。
そんな理性の声とは別のところで、とっくに自分の身体の小ささや違和感に気付いていて、否定しようとする気持ちに目眩がした。
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