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引き金
およそ一年前、そのときの記憶ははっきりしない。
その日は中学校の卒業式だった。まだ日本にいた頃だ。
卒業式では嬉し涙を流した親の顔を想像していた。
が、実際には親は来ていなかった。
卒業式が終わった後、周りの友達が自分の親と笑いながら話している中、自分だけ家まで歩いて帰った。
独りで…。
家が見えるところまで来ると、かすかな怒りと悲しみがこみ上がってくるのを感じた。
親の車が停まっていたのだ。
どこかに出掛けていた訳でもない。寝過ごしたから行けなかった、などと言ったらどうしてくれようか。
玄関の扉を開けた瞬間、心臓が跳ね上がるのが分かった。
血まみれになった元は白だったはずのTシャツが放置されていたのだ。
そして、玄関から進んだ先にあるリビングには………フローリングの床に溜まっている赤い液体やテカった内臓のようなものが無造作にある。
破れた袋のように転がっている母や父、姉、妹、弟、ペット、祖父、祖母。
全身から力が抜け、この風景が何なのか、奇妙すぎて頭が理解するまで時間がかかった。
何が奇妙なのか気付くと、今度は認めたくない結論が頭を駆け巡る。
……みんな死んでる…。
そしてその『みんな』は……
赤の他人ではない…。大切な…宝などという言葉では足りない大切な家族……。それが全て殺された、壊された。
何で……こんな事が………。
感覚が麻痺し始めてきたとき、誰かに肩叩かれた。
肩を叩かれたときは普通、何をすればいいのか思い出し、振り向いた。
スーツとサングラスを着けた黒人が立っていた。
…まさか…コイツが…。
一気に例えようもない怒りが吹き出し、喉元めがけて抉るようにして爪をたてた指を振るう。
彼はそれをあっさりとかわし、注射針のようなもので首筋を刺してきた。
すぐにそれを祓うが、一瞬で視界が歪み、血にまみれた床に倒れた。
もうすぐ消える意識の中、黒人が腕を掴み、顔を近付けて日本語で言った。
「我々とともに来てもらう」
それが全ての始まりだった。
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