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夏珪だった。
いつもなら、どうしてとか、何かあるんじゃないかと警戒してドアを開ける前に何かしら用件を聞くのだが、見知った顔に安堵した睦月は、何も考えることなく開錠した。
それがいけなかった。
「この馬鹿ホストがっ!」
ドアを開けるなり乗り込んできた夏珪は、いきなり睦月に掴みかかる。
「お前は口が堅すぎるんだよ! 石か!? お前の口は石で出来てるのか!?」
わけがわからず困惑する睦月に構うことなく、夏珪は至近距離で怒鳴り続ける。正直、耳が痛い。
「はいはーい、落ち着こうね夏珪君」
そんな夏珪の後ろから、間延びした第三者の声が聞こえた。
「煩い、涼。お前はどっちの見方なんだよっ!」
「もちろん夏珪の見方ですよー。だから少し落ち着こう? 睦月も意味わかってないから、言いたいことも伝わんないよー?」
怒気を孕んだ表情をする夏珪とは対照的に、へなっとしたいつも通りの笑顔を浮かべる涼が夏珪の方に手をかけ、まるで母親のように語り掛ける。
《メビウス》のNo.3の涼。柔らかな表情と、人当たりのいいフレンドリーな雰囲気が人気らしい。
そんな、自分の店のトップ近くに位置する二人のやりとりを、一種のコントだなと、まるで他人事のように睦月は思った。
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