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『……
主は御自分にかたどって人を創造された。
男と女に創造された。
主は御自分が創造した地上世界「オルティア」が、主の住まわれる天上世界「ヘカルティア」に近づけるよう、異なる役割を持った六組の男女を創造された。
発想を司る人間。
自然との調和を司るエルフ。
自然との対話を司る獣人。
開拓を司る鬼人。
伝承を司る竜人。
祈りを司る鳥人。
主は彼らを祝福して言われた。
「六種が互いによく補完しあえば、天界への道が拓けるだろう」
……』
これはランカスター教の聖典『カエラ』の冒頭「オルティア創世記」の一部である。
――遠い遠い理想の話。理想は理想だからこそ美しいんだろうなぁ。
遥か昔、人類は後世「大オルティア戦役」と呼ばれる、六種族が入り乱れて争う未曾有の大戦争を経験した。
人々は長く激しい戦争に疲れ果てていた。そこに射した一筋の光。まだ信者の少ない小さな宗教だったランカスター教は、教会が行った大規模な布教活動も手伝って、瞬く間に世界中に拡がった。『カエラ』の教義は、反戦気運に乗じて、悲嘆に暮れる人々の希望となったのだ。
……我々にはそれぞれに役割があり、それに励めば、いつかは天界にも届く。
争うのではなく、協力する。人々はその理想の実現を夢見た。
――でも、それは所詮理想でしかなく、実現不可能な夢物語だった。
為政者たちは、人々の心の支えとなるランカスター教を歓迎しながらも争いを続けた。時には「聖戦」という言葉を巧みに利用して……。
――いつだって、戦争をするのは統治者だ。民衆は戦争を望まない。「ランカスター教は弱者の宗教」とはよく言ったものだな。
夜、『カエラ』を開くたびに彼はそんなことを考えていた。
――誰だって知っていることじゃないか!
人間は兵器の開発に躍起になり、エルフは森に引きこもる。
獣人は原初の生活から抜けきれないし、鬼人は大森林を砂漠にした。
竜人は知識をひた隠し、鳥人は遊びほうける。
六種は調和することなく、それぞれの国で世界を地べたに縫い付ける。
彼の部屋はうず高く積まれた書物で埋め尽くされていた。
幼い頃から書物に囲まれて育った彼は、部屋の書物をとうに読破していた。
学校の授業の七割が武術という鬼人族の国サランドン王国で、神童は神童と認識されることなく二十歳を迎えようとしていた。
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