「追跡」

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よく見ると、その手には手錠が掛けられている。自分の手と手錠とで柱を巻くような輪っかを作ることで、自由を奪われているのだ。 顔をライトで照らすと、「眩しい」と言ってすぐに逸らしたが、かなり憔悴していることは分かった。そして殴られたような顔の腫れにも気付いた。 「ツルハシみたいのがあるはずです」と言うと、師匠は少し考えるように頭を振ったあと、「あの辺にあったかな」と部屋の隅を顎で指した。暗くてよく見えないので、半ば手探りで探す。錆びてささくれ立った金属片が指に傷をつける。俺はかまわずに進み、ようやく目的のものを発見した。 柱の所に戻り、出来るだけ手を引っ込めておくように指示してから手錠の鎖の部分に狙いをつける。暗いので、何度も軌道を確認しながら5分の力でツルハシの先端を打ちつけた。 ゴキンという音とともにパッと火花が散り、師匠から「もう一発」という声がかかる。 手錠とは言っても所詮安っぽい作りのおもちゃだ。次の一撃で、鎖は完全に千切れ飛んだ。 「肩、かして」 という師匠を支えながら、出入り口のドアに向かう。 鍵が掛かっていたが、中からは手動で解除できた。 ようやくプレハブの外に出た時には、入ってから20分あまりも経過していたと思う。 外には彼女が待っていて、師匠は片手を挙げて「いつも、すまん」と言った。 暗くて、彼女の表情までは伺えなかった。 師匠はナンパした女とホテルに行ったまでは良かったが、出てから一緒にレストランに向かう途中、偶然その女のオトコに見つかり、逆上したそいつに後ろから鈍器のようなもので殴られて車で連れ去られたのだと言う。 それからこの廃工場を溜まり場にしていたオトコとその仲間たちから殴る蹴るの暴行を受けた上、手錠をはめられ監禁されてしまったということだった。 俺たちが見つけなければどうなっていたかと思うと、ゾッとしてくる。 「力が入らない」という師匠を背負うような格好で、半分引きずりながら俺はとにかくこの場を離れようと歩き出した。 熱い。 風邪を引きでもしているのか、師匠の体はかなり熱かった。無理もない。服は奪われでもしたのか、この寒空の下、ジーンズに長袖のTシャツ1枚という格好だった。
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