「追跡」

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「『追跡』の作者のペンネーム、カヰ=ロアナークでしたよね」 チラシの裏に、ボールペンで書き付ける。   KAYI ROANAKU 「たぶん、こう書くんですよ。ロアノーク島の怪をもじるにしても、少し重い感じがしたのは、使える文字が決まってたからなんです」 というのは、と続けながら俺はその下に並べて別の名前を書く。   倉野木綾 KURANOKI AYA 「綾さんの名前です。で、これを両方ともアルファベット順に並び替えると……」   AAAIKKNORUY   AAAIKKNORUY 「ね、アナグラムでしょう。これって」師匠は頷く。 「さらに、綾さんの今のペンネームも同様に」   茅野歩く KAYANO ARIKU   ↓   AAAIKKNORUY 「どうです」 自慢げな俺に、師匠はあまり感心した様子も無く、「カヰ=ロアノークをやめたいから別のを考えてって言われて、こねくり回して今の名前を作ったの、僕だしね」と言う。 予想されたことだった。 しかし、この自分的に凄い発見に水を差された気がしてテンションが下がった。 そのせいだろうか、少し意地悪なことを言いたくなった。 「でも、よくあの場面で綾さんの名前を呟きましたね。といっても覚えてないでしょうけど」 「違う女の名前を口にしてたら刺されてたって?そんなことで刺されるなら、とっくに死んでるって」 ああ、やっぱりこの人はダメだ。 「でも綾さんの予知能力で書かれた、いうならば予言の書にあったんですよ。 その運命を変える奇跡的な一言だったわけじゃないですか」 「まあしょせん、小説だからなあ」 その小説のおかげで助けられたのは誰だと言いそうになった。 「それにそれを読んでたの、一人だけじゃないわけだし」 何気ない一言に、煙に巻かれたような気分になる。 「どういうことですか」 詰め寄る俺を制しながら、師匠は飄々と言った。 「あの最後のページを読んでた時、僕も後ろで見てたんだよね。背中で。で、こりゃやっべーと思って、やっぱ丸く収まる名前をね」 狸寝入りかこの野郎。 俺はなんだか痛快な気持ちになって、腹の底から笑った。
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