宗教都市:メーヴェ・中編

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私にナイフが効くかどうか。   勿論全く意味が無い。   万が一あのナイフが魔力を帯びていた場合、ダメージを受けなくも無いが、 それは生死に関わるには程遠い物でしか無い。   だが私が人間では無い事を教えてやる義理は無い為、ここは刺されてやる訳にはいかない。   男が両手に握り締めるナイフに対し、膝蹴りを終えたばかりの左足を側面を狙い一閃する。   それは狙い通り、ナイフを守ろうとした男の手の甲に当たり、男の体勢を崩させた。   その一瞬の隙を逃さず男の真横まで一挙動で踏み込み、手刀を延髄に叩き込む。   意識を刈り取られた男は、無言で床に沈んだ。   まだ肩を外された男が床でのたうち回っていたが、喚いて煩い。 私は腹部に蹴りを入れて大人しくさせると、床に転がっている男の腕を引っ張り、肩をはめておいてやった。   「へっ…お優しいこったな!」   「そちらこそな。」   手下の見事なやられっぷりに、逆に頭が冷えたのだろう。 一人で乗り込んで来て挑発までする様な奴が弱いはずが無い、という事に今さら気付いた様だ。 見ると、投げ矢の刺さった女は、手当てされてソファから恨めしげに見つめていた。   カイラスは鞭の柄を握り、鞭を床に垂らしながら私を説得し始める。   「なぁ、あんたもさぁ… 死にたくねぇだろ? 損だぜ? 正義振りかざして組織に潰されるなんてよ。 …あんたは強い。 だけど一人じゃ組織に対抗できるわけねぇじゃん? 殺される前に引き下がった方が、賢い選択だと思うぜ?」   そう言って右手に鞭を持ったまま肩を竦める。 そんなカイラスの言葉に、小剣を抜きながら返事をする。   「『赤い斧』の事か? …そんな事は先刻承知だ。 私は死なない。 狙って来るなら全員叩き伏せれば良いであろう?」   そんな私に呆れた様な目線を送り、カイラスは何を言っても無駄だと悟ったか、鞭を頭上で回し始めた。   先端部分が音速を越えようとする度に、音の壁に鞭が当る破裂音がする。   鞭の厄介な点は、この速さにある。 中距離から一方的に打ち据える事が本来の使用法であり、巻き付けて使うのは力負けする危険を冒してまでやる事ではない。   「てめぇは一遍死んで来い!」   そう叫び、カイラスは正確に三度鞭を放って来た。
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