ボイス

3/11
221人が本棚に入れています
本棚に追加
/264ページ
 僕はそんな暇なアフレコ作業が始まるまで、薄暗いスタジオ内を見渡していった。  目の前には、レコーディングブース内を覗かせる大きなぶ厚い窓有る。その窓の上にはいくつものモニターが有り、僕はボーッとそのモニターから流れる色や背景の付いていない原画撮の多い不甲斐無い作品を眺めることにした。  そんな僕の不甲斐無い作品が半分過ぎると、突然室内にマリン系の匂いが充満したのだ。僕は軽く息を止めながら、その香りの方に目をやる。するとそこには、赤と白の花柄のシャツに赤の革のパン、オレンジ色のレンズのシャープなエッジのサングラスを身に付けたJinが、武道家の挨拶みたいに、立てた左の掌に右拳を当てて、スタッフに「ヨロシク」と挨拶をしていたのだ。  この瞬間、僕の中のJinの印象は最悪なものになった。何故なら、一応20代を折り返した社会人なのだから、ファンやカメラが回っていない時はイメージを崩してでも挨拶だけはしっかりやって欲しかったのだ。  以前に何かの歌番組で、Jinはガタイの良い黒人のSPに、いつもガードして貰っていると言っていたが、そんな人は一人も居なかった。しかし、その代わりにJinの隣にいたのは、美人で背が高く、黒で統一された知的な印象を与えるマネージャーらしき人が居た。  僕はこの知的のマネージャーを見て、何故か村瀬さんの事を、ふと思い出したのだ。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!