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目の前に広がる灰色の屋上。実際に屋上に立ってみると、思った以上に狭いビルだった。でもこの屋上は嫌いじゃない。僕達はガス抜きをそっちぬけで、手摺りに掴まり、西の空に沈む夕日を静かに眺めていた。
都会に有るこんな小さいビルからでは、眺めはそれ程良いものだとはお世辞でも言えないけど、違う角度から見る僕達が働く街の景色には素直に感動した。
「嫌な事が有ったら、これからは屋上に来ようかな」
村瀬さんがポッリと呟く。村瀬さんに視線を向けると微笑みの中に何処か憂いを帯びていた。
「そうだね、何か嫌な事がどうでも良く感じるね」
僕達は暫く微笑みながら暮れ行く街を眺めてから消臭スプレーのガス抜きの仕事に就き始めたのだ。
残暑が残る夏の夕日が僕達の輪郭をオレンジ色に染め、緩やかな風が秋の匂いをほのかに運ぶ。村瀬さんは髪の毛とスカートを静かに押さえながら僕に微笑を送ったのだ。
何故だろう村瀬さんの表情は微笑んでいるのに何故か何時もより寂しく見える。イヤ違う、彼女の本当の笑顔はこっちなのかも知れない。優しく口の端を上げて微笑んでいる。いつものサイダーの様な弾ける笑顔は村瀬さんが速く環境に溶け込める様に無理をして作ってい笑顔なんだ。きっと誰もこの事には気付いていないだろ。
村瀬さん。今の笑顔は夕日に負けない程美しく輝いている。僕はキミが見せたリアルな村瀬絵里を知ってしまった。再度キミに恋をしそうだ。キミをもっと知りたいと想い始めてしまったのだから。
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