事件は突然に

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 九月の上旬から少し頭を出した頃、デジタル部に新しいマシーンが入った。これで制作部預かりだった村瀬さんと三山君が正式にデジタル部の一員になったのだ。  以前、村瀬さんに「私は本当にデジタル部になれるんですか?」と不安を打ち明けられた事があった。確かに不安になってしまっても仕方ない。制作部は人手が足りない状態だったし、新しく制作されるアニメのメカニックの部分が3Dで作る事になっていたので、三山君は3D ソフトのライトウェーブが使えた事もあり、一足先にデジタル部の仕事に参加していたのだ。   僕は不安で一杯な村瀬さんに自己判断でデジタル部に行って3Dソフトの講義を受けて来て良いと促したのだが、村瀬さんは「赤松さんに頼まれた必要な参考資料が探せていないから」と言って、断ったのだ。  僕は「デジタル部の社員なんだから無理して制作部の仕事をする必要は無いんだよ」と付け足したが、彼女は首を横に振り「望まれているのならどんな小さな仕事でもします。ありがとうございます、心配してくれて。私なら平気ですから」と言ってサイダーの様なスマイルを見せ、仕事に戻ってしまったのだ。  この時、自己感情を抑えて仕事をする村瀬さんに対して僕は、本当に真面目な良い子だとしか思わなかった。しかし、後に彼女が発したこの言葉の意味をこの身を持って知る事になったのだ。彼女の心に深く刻まれた悲しみと寂しさから滲み出た言葉だったと。
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