事件は突然に

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       ☆  夏の暑さが少しずつ遠ざかっていく九月中旬に事件は突然やって来た。  きっと前触れは有ったのかも知れない、だけど僕はこの事件の前触れには気付かなかった。  それにしても制作部の空気が冷たく重い。赤松さん筆頭による、牙を向けた人間への自己批判が飛び交っていた。  この数週間で築いた明るい雰囲気は何処吹く風か。この事件が発端に制作部に一筋の闇が差し込まれ、その闇は思ったより深く、急速に侵食していったのだ。  この事件の引き金は入社二ヶ月目の経理事務の安達さんが解雇された事から始まっている。  カットの回収でその場に居なかった僕は、安達さんの解雇の詳しい事情は知らないけど、何でも入社する前にバイトしていた所を辞めてなかったらしい。  以前から制作部の稲崎は安達さんへの不満を言っていた。「安達さんは何で定時に帰るの」とか「安達さんが居ないと備品が出せないんだけど」とか。でもギャーギャー不満をぶちまける程でもない。この部署の人間は余程自己批判が好きなみたいだ。何時もそんな個人批判を聞かされる僕はうんざりしていたのだ。  何故人間は自己批判が好きなのか。その自己批判に何故村瀬さんが傷付かなければいけないんだ。僕は自分のデスクでチェック表に回収して来た物をチェックしながら村瀬さんの涙を思い出していた。
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