事件は突然に

4/8
前へ
/264ページ
次へ
       ☆  夏が遠ざかり、日が傾くのが少しずつ早くなってきた。もう暑い夏もおしまいみたいだ。僕は虫の声に耳を澄ましながら駐車場に停めたトヨタのコルサから降り、演出から上がった原画10カットを抱えてゆっくり会社に戻った。  会社が入っているビルの前に差し掛かると自販機が誘惑するかの様にランプを煌々と光らせている。僕はその誘惑に目をくれない様に足早に自販機の脇を駆け抜け、ビルの二階まで一気に昇ったのだ。  薄暗く閉鎖的な二階の踊り場で僕は荷物を抱え直し、冷たい鉄の扉の開き入ると、次の瞬間僕の目に衝撃が通り過ぎたのだ。  その衝撃は僕に途轍もない驚きと心配を呼び起こさせた。何故なら村瀬さんが大粒の涙を流しながら強張った表情で僕の脇を通り抜けて出て行ったのだ。  ほんの数秒の出来事。でも途轍もなくスローに流れる。そのほんの数秒しかない出来事のほんの一瞬。僕はすれ違った村瀬さんと視線がぶつかったのだ。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

221人が本棚に入れています
本棚に追加