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崩壊の序曲
四代目はその過程で、三代目時代の副長だった越田を「嫉妬」が理由で、越田が刑務所から出て来たその日に「絶縁」処分にした。
越田は歴戦の猛者で、組のために身体を架けて刑務所に入った人物だ。
その人物をポン中(覚醒剤中毒)女である愛人の前のダンナだったという理由だけで絶縁にした。
先代である三代目、最高顧問、顧問や相談役らが四代目を説得したが無理だった。
これを皮切りに三代目時代からの歴戦の猛者を次々に破門や絶縁にした。
三代目時代から本部長を与らせてもらってた俺には被害はなかったが、金銭的なことは全て俺に依存された。
四代目はここに書けない内容の行為を繰り返し、言ってることもやってる事も支離滅裂になっていった。
そして派閥が形勢された。その派閥は代行の組事務所を中心とし、四代目本部に顔を出すことを拒否し、四代目に引退することを勧告した。勧告に従わなければ武力を以って逆らうというものだった。
俺は、四代目をかばった。
四代目に盃を降ろしたのは、まがりなりにも本家親分である。それを勝手に引退を勧告するとは何ごとか、
かつて北海道では小高龍湖と長岡宗一(柳川組北海道支部長)の間で、子分が親分との縁を勝手に水にするという事件があったが、それは昔の話しだ。本来許される話しじゃない。と主張した。
俺の本心は、人の心も仁義も失った四代目には辞めてほしかった。
それでも俺は、曲げれば曲がるヤクザの筋を曲げることは出来なかった。
一度でも親とした四代目が自ら辞めるか、逆に俺に出ていけと言うまで、俺には四代目を守る義務と責任があった。それ以上にヤクザの筋を曲げれなかった。
武力を以って逆らうとは上等だとなった。
俺の行動は早かった。その日のうちに反乱派側の舎弟頭補佐、若頭補佐、舎弟数名をさらった。
本部長権限で、全ての組員に集合をかけ道具(武器)を配給した。
臨戦体制に入った。
代行に電話を入れ、拉致してきた人間を閉じ込めてる場所を教え、「引き取りに来い」と伝えた。
非難されてもいい。引き取りに来たところで一網打尽にする作戦だった。
代行は武力衝突を回避する交渉をしてきた。
その交渉に、先代と最高顧問が来たのだ…。
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