桜の樹の旅

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この樹は、幾度となく旅をしているのです。 ある時は、魔女の住む森に・・。 またある時は、狩人家の隣に・・。 またある時は、木こりの小屋の近くに・・。 旅をしているのです。 幸福の樹は、どんなに哀しい時でも、美しいピンク色の花を咲かせているのです。 幸福の樹は、決して花を枯れさせる事はしませんでした。 例え、狩人にピンクの花々を全てむしり取られようが、木こりに鋸で切り落とされようが、魔女のに火炙りにされようが・・、決してピンク色の綺麗な花々を枯れさせはしないのです。 そんな幸福の樹に、話し掛ける者がいました。 『何故、花を咲かせ続けているんだい?』 幸福の樹は、声のする方を見ました。 其所には、真っ黒な空によく映える【月】がいました。 『何故、花を咲かせ続けているんだい?』 月は、同じ質問をしてきました。 (自分の居場所を教える為に咲かせ続けているんだよ) と、幸福の樹は答えました。 『誰に居場所を教えているんだい?』 幸福の樹は、尚も続ける月の質問を一生懸命に考え、答えました。 (・・解らない・・) ですが、この質問には幸福の樹は答えられませんでした。 それでも尚、続ける月・・。 『誰かも解らないのに居場所を教える為に 咲き続けるのか?』 (うん。約束したから) 『誰と?』 (解らない) 『解らない相手と?』 (うん) 『その者が生きてるか、死んでいるかも解らないのに?』 (うん。そう。) 『何処にいるかも解らないのに?』 (それでも約束したから・・。だから待つの) 『何の為に?』 (約束の為に) 『夢かも知れない約束を果たす為に?その為に枯れる事の無いよう咲き続ける?』 (うん。夢かも知れない。それでも約束したから待ち続けるの) 『ふ~ん。変な奴』 (うん。僕は変な奴なの) 『お前の名前は?』 (僕の名前?) 『そう』 (・・僕に・・名前があるの?) 『普通はな』 (なら、君の名前は?) 『俺?』 (うん) 『俺は【月】っていうんだよ』 (君には名前がある。なら、何故僕には名前がないの?) 哀しそうに訊く幸福の樹に、月はさして興味がないのか・・、はたまた飽きたのか、そのまま雲に隠れてしまった。
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