序章

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      ほかほかと暖かい日が降り注ぎ、春風が心地良く髪を揺らす、ある晴れた日の午後。     一人の女がどこか物憂げに遠くを見つめ、ゆっくりと静かに歩いていた。       女は悲しそうな色を瞳に浮かべ、ただ、この雲一つない青空を見つめ続ける。       --鼻をかすめる、柔らかい春の香り。       その香りが、女の瞳の色をさらに濃くさせ、涙を滲ませる。     まるで、誰かに想いを馳せるかのように‥‥。               --いつしか、その涙は漆黒の狂気の涙へと変わって行く。     林や畑ばかりののどかなこの空間に一点の黒が色付き、それは次第に広がる。   女の闇が、この空間を染めて行ってしまう。       この女の狂った感情は、とめどなく膨れあがる。     人を憎しみ怨み‥‥そして、愛する気持ち。 複雑な想いが女を混乱させるかのように交差する。       もがき苦しむ女。   女の苦しみが増す度に、闇は止めどなく膨らむ。         その全ての想いの闇が暴発寸前にまで高まった時‥‥                   女は漆黒の闇と共に消えていった。                   --女のいた場所に春風が吹き抜ける。       たった今、この場所に女が存在した事実を掻き消すかのように、春風と共にやってきた雨が降り始め、暖かい光りを放ってた太陽は顔を隠した。       しとしとと降り続ける雨。     次第に、雨は何故か新鮮な血のように紅く染まり始める。         --この雨は、あの女の流した‥‥涙と血のようだった。            
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