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そうして、雅紀は、後ろ手に隠し持っていた包丁を出し、比呂に飛び掛った。反射的に比呂は彼女を避けるが、それでも、彼女の持っていた包丁の切っ先が、比呂の肩を掠める。
「くっ……」
突然のことに、比呂は、怪我をした肩を押さえたまま、その場に蹲った。雅紀は、鬼の形相で、比呂に近寄る。
「来るな!!……来るなっ!!」
比呂の拒絶も、もはや完全無視だ。雅紀は、比呂に近付くと、彼に馬乗りになった。
比呂が反撃しようとも、怪我をしていて、この状況は、彼にあまりにも不利であった。
「……どうして……」
比呂は、うわ言のように雅紀に呟く。
「比呂が、悪いのよ…。比呂が、他の女と仲良くなんてするから…。私は、ただ比呂を愛していただけなのに!!」
彼女の眼からは大粒の涙が流れ出ていた。
確かに、彼女の愛情表現は、傍目には歪んだ愛だったのかもしれない。しかし、その根底には、比呂をひたすら愛している、という真摯な思いがあったのだ。
そんな彼女の思いに、比呂は、彼女が自分に向けた愛の重さを知った。
比呂は、出会ったときから、彼女に執着することができなかったが、彼女はただ…彼女はただ真摯に比呂を愛していたのだ。
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